政浩は大手旅行会社の若手社員、バブル全盛期であったが、その波に乗り切れない今一つ地味なサラリーマンであった。賞与が支給されるとデパートへスーツを買いに出向くのだが、新宿、渋谷、池袋といった旗艦店ではなく、自宅から30分程度の郊外ターミナル駅そばの店舗であった。当時百貨店でブランドスーツを買い求めるのは、若者のスタンダードであったが、郊外の百貨店は中高齢者か、地元で働く人がほとんどで政浩のように都心で働く若者は異色の存在であった。美奈はそのデパートのスーツ売り場担当、何度かスーツを購入するうち美奈と顔見知りになり、最近は美奈の勧めるスーツを購入するようになった。
美奈が提案するスーツは、おとなしめのデザインブランドで、政浩が好みそうなもの、美奈は無理じいすることなく政浩の決断を待つ。そんな姿勢の美奈に政浩は魅かれていった。
そんな美奈が一度だけ、執拗にスーツ2着購入に固執したことがあった。
政浩は美奈に事情を問い合わせることなく、2着購入を決め予算オーバーではあったが、スーツに合うネクタイが欲しくなった。ネクタイの購入を躊躇していると美奈は自分の首に下げているIDカードをはずし、社割の手続をしてくれた。
美奈の休みは大抵平日で政浩と休みが合わない。ただ週に1回NO残業デーというのが
水曜日にあり、美奈と約束した。美奈の友人付き合いも自ずと平日休みの職業で、同郷で美容師をしている美紀とよく会っていた。
美奈と美紀は同じ時期に上京。
美紀が駆け出しのころ美奈に
モデルをお願いし、美奈の髪色が
ど派手になり美奈は
職場の上司から怒られたことも。
練習モデルはお客と違い
セットのために容赦ない熱風の
ドライヤーを浴びせられたり
髪を染めるため何度も洗髪する。
シャンプーの体勢は同じだが
まるで洗濯の手洗いのようで
至福には遠い。
そんな環境でも美奈は美紀に苦情を
言うことは決してしない。
今日は美奈がこれから政浩と食事を
するために美奈の髪をきれいにセット
してくれた。政浩が美奈のヘアスタイルをほめると友人の美紀がセットしてくれたと話した。政浩は学生時代添乗員のアルバイトをしていた頃、新人バスガイドさんと美容室デートしたことを思い出したが美奈には話せない。
美奈と食事をしたのはこの時だけ。
政浩は数か月後、知人から紹介された
女性と付き合い1年後結婚した。
美奈が勤務していた百貨店は
徐々に売り上げが低下し
創立50周年の年に閉店した。
還暦となった政浩は美奈と
再会したいがその希望は
今日果たされていない。
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